昨日の続き。
長崎市にある臨済宗建仁寺派の春徳寺です。
大村藩長崎領主の長崎甚左衛門もキリシタンでしたので、
住まいの桜町の地に長崎初の教会(1569年)
とセミナリオ(小神学校)コレジオ(大神学校)を建てました。
その後禁教令後の1651年、
この地に臨済宗の春徳寺が移転されました。
梵鐘はこの当時のものです。
古い瓦もすじ塀に残してありました。
大樹の楠も当時からあり、
仏教からキリスト教また仏教へと時代が動いた大変な時を
見ていたのではないかと思いました。
甚左衛門は禁教となりこの地を離れ、
最後は時津で亡くなったそうです。
奇しくも訪ねた12月12日は命日でした。
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