堀切峠より
昭和40年代、宮崎は新婚旅行のメッカでした。
日南海岸とフェニックスの並木を見ながら、南下してくるここ堀切峠は、
多くの新婚さんが押し寄せて来たことでしょう。
今は、私達団塊の世代のカップルは見ても、新婚さんはほとんど見かけませんでした。
でもこの雄大な太平洋の景色は、私達世代だからこそ感動も深いと思いました。
宮崎県庁
東国原知事就任時代に、超有名になった県庁です。
当時は、観光バスが何台も県庁に入り、
そばの県の物産館はものすごい人で、よく物が売れたそうです。
宮崎という地方都市を、全国区にし、経済波及効果は凄かったと思います。
鳥インフルエンザ、牛の口蹄疫と試練続きの東国原知事でした。
その後、都知事選に出られ、衆議院議員を約1年間されましたが、
今はどうされているのでしょうか?
私達は、静かになった県庁により、
当時のにぎわいは今は昔の、そばの物産館で買い物をしました。
大淀川
ヤシの木
時代は変わっても、市内を流れる大河の大淀川はゆうゆうと流れていました。
また台風銀座と言われる宮崎にあって、
何十年も大風にも折れることなく高くそびえるヤシの木々達。
今回、息子をだしに宮崎に行きましたが、だしは十分に出て
古事記の世界も南国宮崎も音楽も、想定外に楽しむ事ができました。
息子に感謝です。
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