2014年3月20日木曜日

宮崎 今昔

     堀切峠より

昭和40年代、宮崎は新婚旅行のメッカでした。

日南海岸とフェニックスの並木を見ながら、南下してくるここ堀切峠は、

多くの新婚さんが押し寄せて来たことでしょう。

今は、私達団塊の世代のカップルは見ても、新婚さんはほとんど見かけませんでした。

でもこの雄大な太平洋の景色は、私達世代だからこそ感動も深いと思いました。


     宮崎県庁

東国原知事就任時代に、超有名になった県庁です。

当時は、観光バスが何台も県庁に入り、

そばの県の物産館はものすごい人で、よく物が売れたそうです。

宮崎という地方都市を、全国区にし、経済波及効果は凄かったと思います。

鳥インフルエンザ、牛の口蹄疫と試練続きの東国原知事でした。

その後、都知事選に出られ、衆議院議員を約1年間されましたが、

今はどうされているのでしょうか?

私達は、静かになった県庁により、

当時のにぎわいは今は昔の、そばの物産館で買い物をしました。

   大淀川

   ヤシの木

時代は変わっても、市内を流れる大河の大淀川はゆうゆうと流れていました。

また台風銀座と言われる宮崎にあって、

何十年も大風にも折れることなく高くそびえるヤシの木々達。

今回、息子をだしに宮崎に行きましたが、だしは十分に出て

古事記の世界も南国宮崎も音楽も、想定外に楽しむ事ができました。

息子に感謝です。

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