2019年8月9日金曜日

長崎原爆忌


  「八月や水を一杯くれないか」 和子


友人が長崎原爆俳句大会で読んだ句です。

74年前の今日多くの無辜なる命が原爆で失われました。

水を求めて亡くなった方々も多かったでしょう。

私の父は爆心地より2キロの自宅で被爆し、

家は焼け祖母は亡くなりました。

父は幸いにも防空壕にいて助かったそうです。

でも髪は抜け下痢は続いたといいます。

母は大橋の兵器工場にいた妹を探しに

爆心地に毎日通ったそうです。

母はたぶんその時にたくさんの放射能をあび、

後年は多重癌で苦しみました。

父は戦争でガタルカナル島に行き昭和17年に

多くの死傷者がでる中かろうじて生きて帰った者です。

そしてまた昭和20年の原爆にもあっています。

そんな中、父母が生き延びて出会い結婚し私があります。

原爆で亡くなられた多くの方々の冥福を祈ると共に

尊い自分の人生をも大切に生きないとと

思う原爆の日の朝です。

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