満月は17日ですが昨夜の13夜の月も綺麗でした。
13夜の月を愛でるのは日本で始まった習慣だそうです。
秋の収穫に感謝して秋風に当たりながら美しい月を13夜、15夜と
2度も楽しむなんて素敵です。
13夜の月を愛でるのは日本で始まった習慣だそうです。
秋の収穫に感謝して秋風に当たりながら美しい月を13夜、15夜と
2度も楽しむなんて素敵です。
病室から弓張岳を望む
コロナ以来、見舞いも週1度2名まで15分と厳しいものになっています。
だからなかなか出会えなかったのですが、出会え話もでき良かったです。
帰りには4カ町商店街を佐世保駅まで歩きました。
すると以前勤めていた親和銀行本店の懐しょう館が見えてきました。
そこは1975年に完成した石作りの建物で設計は白井晟一氏です。
以前、日曜美術館で白井晟一氏設計の親和銀行本店と
大波止支店の建物は紹介されていました。
諫早石を利用した曲面壁、赤い丸窓と入口は赤の大理石で素敵でした。
この建物ができ研修が本店であった時に見学しました。
もう50年も昔の事ですが銀行は絵画や古い焼き物など
美術品をたくさん所有し懐しょう館には展示してありました。
今だと少しわかるかもしれませんが当時は何もわかりませんでした。
2020年に親和銀行と十八銀行は合併し十八親和銀行となりました。
あっという間に時は過ぎ若かった私も高齢者となり
全て移り変わっていっていますが、
石作りの建物は変わらず夕陽を受け輝いていました。
道真公がいらっしゃった時から生き続けているようです。
天満宮には80本の大楠がありますがこの木が一番大きく、
前には社務所もあり冊がしてあり触れる事はできません。
この樹は多くの天変地変や人々の争い、疫病など見てきてるし、
樹も災害や病気で病んだ事、木が折れた事も多々あるでしょう。
でも生き延びて山の中ではなく
人々の多い神社の中で1500年も生きています。
人間の寿命はどんなに生きても100歳位でしょうか。
でも人生を終わりまで健やかに生きる事は難しいです。
取り替えがきかない自分の肉体ではありますが、
食べ物、生活習慣など大切にせず
自分をなんて雑に扱っているのかと思います。
病気に対する不安と恐怖から体に良いか悪いかも調べもせず
平気でワクチンも打ったりしています。
感染症などの病気、災害もあう時にはあうし
運もいいとか悪いとかはあります。
だからこそ大樹を見るとよく生きてきたなあと羨ましくて
だれでも仰ぎ見るのでしょう。
爽やかな秋の日です。
庭のキンモクセイの花が開き始めいい香りがしています。
家に来て14年目の樹ですが今年の暑さで花の時期は少し遅れています。
人生と一緒でいい季節はすぐに過ぎ去ります。
キンモクセイ香る素敵な秋を大切に過ごしたいと思っています。
10年ぶりの鯱太鼓をどうしても見たいなあと
庭先回りのスケジュール表を見ながら追っかけをしました。
男衆の掛け声をあげながら遠くから近づく様は
なんかボレロの音楽みたいな感じです。
男衆の直線の動きが綺麗でだしを高く放り上げ受け止めるのは凄いなあと。
金の鯱が青空に光っていました。
諏訪小学校での庭先回りでは子供達がコの字を囲む中でされて、
出て行かれてからも子供達の「もってこい!」の掛け声でまた戻ってきて
「ホーライコ!」と声をあげ高くだしをあげて演技されました。
感動で涙がずっと出ていました。
龍船、川船の庭先き回りも見れましたが、
五島町の龍踊りはもう追いかける時間がなく見れずに残念でした。
今日は晴れて空気も澄み爽やかなくんち日和りで最高でした。
まだ好奇心があり追っかけができる体力があって良かったなあと。
遅咲きのブルーのアサガオが涼しくなりたくさん咲き出しました。
フェンスを越えてカイズカの樹にまで這って上っていっています。
毎朝のルーチンでの神社参拝の帰りには小学生の集団登校に出会います。
黄色い帽子の1年生が大きい声で「おはようございます」と言ってくれます。
私も神社で頂いたエネルギーをいっぱい込めて
孫や知っている子にハイタッチをし「いってらっしゃい」と。
彼等が爽やかでまるでアサガオのような笑顔なんです。
何て今日はいい日なんだと思える朝です。
しのぎやすい季節となり植物も子供たちも
皆生き生きしているように見えました。
今日から諏訪神社の長崎くんちが始まりました。
昨日、くんちには行けないので前日でしたが友人とお詣りに行きました。
御神輿が拝殿に待機していていいお詣りができました。
今日は生憎の日でしたが午前の奉納踊りは雨もひどくなく行われ良かったです。
私はテレビで見させてもらいました。
明日、明後日とお天気になる事を祈ります。
その時玉園稲荷神社にも上がっていき、抱き大楠、かえる岩にも触れてきました。
先日行った糸島の神在神社の神石の石繋がりで、、。
かえる岩は元々上の方にありしめ縄を廻して形がかえるに似ているので
「かえる岩」と言って信仰されていたそうです。
それが昭和57年の長崎大水害で玉園稲荷神社の本殿の岩山が崩れ
かえる岩も本殿近くまですべりおちてきたそうですが、
この岩で本殿への土砂をくいとめたそうです。
すごく有難い災難除けのかえる岩なんです。
優しく触れたら石の振動を少し感じる事ができたような氣がしました。
わかる人なら石が歴史を語るのを聴く事が出来たでしょうけど、、。