2015年9月14日月曜日

トカゲ君(ニホンカナヘビ)



日本のトカゲには2種類あり、

つるつるした皮膚に青いしっぽのニホントカゲと

茶色でガサガサの皮膚のニホンカナヘビです。

庭で、昔はよく青いしっぽのトカゲも見かけましたが、

今はニホンカナヘビの方がほとんどになりました。

秋は、子供のトカゲがいっぱい産まれていて

玄関の階段に、10㎝もみたないのがいました。

ニホンカナヘビは、ヘビという名はついていますが、

毒はもたないし、

優しい目をしていて、ほんとうに可愛いなあと思います。

2015年9月13日日曜日

長崎寄港の観光船


クァンタム・オブ・ザ・シーズ


長崎は昨日も秋晴れのいい天気で、

空にはいわし雲がありました。

あまりに気持ちよく、浜の町から中華街、水辺の公園まで

歩いてきましたら、

マルタ船籍の大型の観光船(168,666トン、4180名収容)

が寄港していました。

近くで見ると、ほんとに巨大な船です。

今年、長崎に寄港する船は113せきだそうです。

3日に一度来ている計算になります。

昨日は、ほとんどが中国の観光客の方々でした。

こんなに船が入ったら、

長崎の経済もだいぶ潤うのではないでしょうか?

2015年9月12日土曜日

光あふれて



9月もなかば、長崎はいい天気が続いています。

毎日、空気は澄み、空は秋のうろこ雲が出ています。

夏の間、外の木陰に出していたテーブルヤシを

家の中に取り入れました。

いつの間にか大きくなり美しい姿になっていました。


我が家では、秋は、掃除の季節と決めています。

断捨離しながら、

まずは座敷から掃除をしていこうと思っています。

何はなくとも、光あふれる空間を作りだし、

家こそパワースポットとなるようにしたいです。

2015年9月11日金曜日

彼岸花



例年より早く、庭のすみに彼岸花が咲き出しました。

雨が多く、早く涼しくなったせいかと思います。

毎年、必ず時期になったら咲く彼岸花。

自然の不思議を感じます。


日本列島は、災難続きです。

雨の降り方が、近年尋常ではないような気がします。

いつもどこかで、甚大な水の被害があります。

ニュースで、水害の映像を見ると、

長崎大水害を思い出し怖くなります。

茨城、栃木の方々は

どんなに恐ろしい思いをされていることかと思います。

雨が落ち着き、早く水が引くことを祈るのみです。

2015年9月10日木曜日

原爆落下中心地公園(長崎市松山町)


原爆落下中心碑

浦上天主堂の遺壁


長崎の原爆は、この中心地の上空500mで炸裂したそうです。

爆心地の表面温度は、3000 ~4000°に達したと言われています。

日本は、原爆を落とされなくても、

アメリカは日本の敗戦は目に見えていたでしょうに、

なぜ広島とは違う原爆をあえて落とし

一瞬にして全てを焼き尽くしたんでしょうか?

長崎での死者は約74000人。

中心碑には、原爆殉教者名奉安がされています。

その中には、私や夫の両親、祖父母の名前もあります。

私達日本人は、戦争で一般住民を対象にした

空襲、原爆などで甚大な被害、

多くの犠牲者を出しているにも関わらず、

アメリカを恨むことはせず寛容に生きています。

絶対平和の和の心が

日本人の血の中には元々からあるからなんでしょうか?

原爆落下中心地に立ち、

改めて原爆ってなんだったのかと考え込んでしまいました。

原爆犠牲者の鎮魂と永久平和を願いました。

2015年9月9日水曜日

浦上天主堂

      浦上天主堂正面

   内部ステンドグラス

      聖人像の被爆遺構

被爆マリア像頭部

♪ こよなく晴れた青空に  かなしと思う切なさよ
  うねりの波の人の世に  はかなく生きる野の花よ ♪

                    「長崎の鐘」より


浦上のカトリック信徒は、江戸時代から弾圧に耐え、

明治になってからも禁教は解けず津和野などに流されました。

禁教が解け、生き残り帰って来てからも

昭和20年には原爆にあい大変な受難を受けています。

それでも浦上の信徒さん達の信仰は深く、

原爆の年のクリスマスには、破壊された教会の

鐘楼から鐘を掘り起しアンゼラスの鐘を鳴らし

教会も1954年には再建しています。

信徒数も日本で一番多く大きな教会です。

叔母の葬儀や平和コンサートなど

今までに何度も訪れている浦上天主堂ですが、

原爆で壊れた鐘楼の一部、聖人像、

被爆マリアの頭部像など

被爆70年の今年は迫ってくるものがありました。

先日は、あまりに空が青く、

「長崎の鐘」の音楽が教会から聞こえてくるような日でした。

2015年9月8日火曜日

長崎市永井隆記念館(長崎市上野町)

      永井隆記念館入口

     如己堂

高校の時、友人が山里にいて連れて行ってくれた

永井隆記念館を45年ぶりに訪ねました。

市内にいても、なかなか足を運ぶ事はありませんでした。

ただ今年は、被爆70年でもあり、行ってみたくなりました。

記念館では、永井博士の父として、研究者、被爆者、

信仰者としての人間性に触れることができました。

絶対平和の愛を生きられた方で、

今に時代に伝わってくるものがいっぱいありました。

敷地内に如己堂があります。

そこは畳2枚ほどに香台がある小さな家で、

そこで、戦後6年間お子さん2人と暮らされ

寝たっきりの状態で本までも書かれています。

永井博士を描いた1983年の木下恵介監督の映画

「この子を残して」を若い頃に見ましたが、

今見たらまた違うかなと思うので、

DVDを借りて見てみようと思いました。